2014年7月1日火曜日

日中民間交流誌「和華」が「時代・国境を越える三国志」交流会開催

6月28日13時半~17時、日中民間交流雑誌「和華」は「時代・国境を越える三国志」をテーマとする交流会を開催し、本研究会安崎暁会長が基調講演講師及びパネリストとして出席しました。

当日80名近くの参加者で会場が大いに盛り上がりました。


 講師及びパネリスト陣営:

安崎 暁(小松製作所元CEO 藍綬褒章・旭日重光章受章者)

加藤 徹(明治大学教授、中国研究家)

上永 哲矢(歴史コラムニスト)

パネリスト兼パネルリスト司会:満田剛(中国・三国時代の史学史研究者)


交流会司会陳さん(和華副編集長兼デザイナー)と孫秀蓮編集長の短い挨拶後、12種類ものバージョンの三国志を読んだという安崎会長は基調講演を行いました。歴史のロマン、古代中国の英雄豪傑・主役脇役からの人間模様、魏蜀呉それぞれ世代交代の様子から見る三国志人気の秘密、中国の訪問先での三国志談義、現代に生きる三国志等々を20分ぐらい語りました。



その後のパネルディスカッションで安崎会長は若いとき劉備玄徳が好きだったが、経営者になってから役に立ちそうな敵でも友にして果敢に重用した曹操がより好きになったこと、王道か覇道かなどについて語りました。


京劇を歌えるほど中国語達者の加藤先生は日本語と中国語混じりの三国語りは大変人気でした。


和服姿の上永先生は、三国志が何故日本でこんなに人気なのか等など、武士道の観点から語りました。


満田先生は、大目的の為には目先のことに触れないという知恵の発言も大きな拍手を誘いました。


質疑応答時間に、中国人参加者から質問が続出して、日本人のパネリストが回答する面白くて楽しい場面になりました。

本文の筆者は、質問できるレベルではないが、今回の三国志テーマ交流会準備に向けて日本と中国製作の三国ドラマを見たりしました。大変不思議なことに、三国志に出てくる人物がみんな好きで、例え悪役でも嫌いになったり恨んだりすることないのです。良く考えてみると、古今、三国志を書いた方々も人間だから好き嫌いがない訳がないが、いろんな人物を書く際、なるべく第三者として公正性を保つように努力したのではないか。個人的な偏見や思いこみを抑えて、書かれる人物の立場に立ってまたはその人物の魂へインタービューしながら書いたのかもしれません。彼らは三国志の創作を通じて、世の中へ恨みではなく、仁儀道徳の種をどんどん撒いたのです。これは、日本人と中国人が一緒に三国志を楽しく深く交流できる理由のひとつじゃないかと思われます。

また、私は日本製作のアニメ三国志主題歌の「風姿花伝」(作曲&作詞&歌手:谷村新司)のリズムや歌詞そしてその歌声に酔われ魅了されました。山や河を呑み込むほどの気概がない歌ですが、なぜこんなに魅了されるのでしょうか、悲しみに溢れる歌詞に何故元気をつけられるのは実に不思議なところです。“国は破れて城も破れて草は枯れても風は泣き渡る...”、三国の豪傑達の魂や仁儀道徳が泣き渡る風に入り込んで、この“風”は現代にも生きて、そして未来へ、国境なく泣き渡るでしょう。

-----以下中文阅读-----

6月28日 日中民间交流杂志「和华」举办三国豪杰大会~近80名中日友人到会

6月28日13点半~17点,日中民间交流杂志「和华」举办以「超越时代・过境的三国志」为主题的交流会,本研究会安崎晓会長作为基调演讲讲师以及论坛成员出席了交流会。 当日近

80名参加者到会,会场气氛暖流涌动。

讲师以及论坛成员阵营:

安崎 晓(小松制作所元CEO 藍綬褒章・旭日重光章受章者)

加藤 徹(明治大学教授、中国研究家)

上永 哲矢(历史专栏作家)

论坛成员兼论坛主持:満田 剛(中国・三国時代的史学研究者)


在交流会陈主持(和华副总编辑长兼设计)以及孙秀莲编辑长简短的发言后,由读过12个版本三国志的安崎会長发表了20分钟左右的基调讲演。他从历史性的浪漫,古代的英雄豪杰・主角配角了解到的人间模样、魏蜀吴三国更新换代状况讲述了三国志长盛不衰的秘密,还谈及访问中国时与中国人谈论三国志的经历,至今活力不减的三国志等等。

在之后的讨论会上安崎会长说他年轻时喜欢刘备玄德,成为经营者后更加喜欢能把对自己有用的人才化敌为友笼络过来并赋予重任的曹操。另外还谈及了王道和霸道。

能唱京剧的中文流畅的加藤先生参杂中文的三国发言大受听众欢迎。

着和服的上永先生也谈及三国志为何在日本如此人气,并从武士道的角度侃侃谈及自己对三国志的独到见解。

満田先生说,为顾全大局应具备不触及眼前纷争小事的智慧,赢得热烈的掌声。

在问答时间里,中国人参加者连连发问,日本人论坛成员忙于回答,迎来愉快而妙趣横生的场面。

本文笔者自觉关于三国志没到提问水平,不过在此次三国志主题交流会准备工作中忙中偷闲看了一些日本和中国摄制的三国演视剧。非常不可思议的是,三国志的人物都让人喜欢,即使是恶人形象也讨厌或者仇恨不起来。细细想来,古今三国志的著者也是人,不可能没有喜好,不过他们在塑造各个人物时,估计为保持第三者的公正心而尽了最大的努力。或许他们是抑制着自己的偏见和先入关观,站在被描述的人物立场上,或者一边与那个人物的灵魂对话一边写作的吧。他们通过延续性地创作三国志,向世人撒播的不是仇恨,而是仁义道德的种子。我想,这何尝不是日本人和中国人能欢聚一堂,共议三国志并加深交流的理由之一呢?

另外,我特别陶醉于日本摄制的动画三国志主题歌「风姿花传」(作曲&作词&歌手:谷村新司),陶醉于其韵律,歌词以及歌声。为何陶醉于这首并非气吞山河的歌,为何听着悲哀横溢的歌词,我没有沉沦反而被充满了元气。“国已破,城也破,草枯了,风儿哭着吹过...”(“国は破れて城も破れて草は枯れても風は泣き渡る...”),这么悲哀的歌词为何听着不会冷血却会热血呢,我想也许是因为三国豪杰们的魂魄以及仁义道德都汇聚到这哭泣的风儿中,让这“风儿”一直吹到今天,并将一直跨越国境,吹向未来,。

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